あなたの差別度をチェックします(1)

 まずは既成品からひとつ。問題を知ってる人は、引用部を読み飛ばしてね。

 出勤途中に子供を学校で降ろすつもりでスピード・オーヴァーしていた自動車が、歩行者を避けそこねて、対向車線を走るトラックと正面衝突した。自動車は大破、運転手だった父親は即死。後部座席に座っていた少年は、頭部を強打して意識を失っていたものの、どうやら生命はとりとめそうである。
 少年は脳神経科の手術ができる大病院に、救急車によって即時運び込まれた。
 当直の医師の判断では、緊急の手術が必要だとのこと。すぐに脳切開手術の準備が整えられた。
 幸いにもこの病院には、同じような症例の大手術を何回もこなした著名な脳外科医がいた。ヨーロッパやアメリカの学会にも招ばれて、何度も講演したことのある、この分野の権威だ。
 ところがこの脳外科医は、手術室に横たわる患者を見て、手にしていた電動ドリルを取り落としてしまった。脳外科医の手術とは、ノコギリとドリルとトンカチと鑿と虫眼鏡とメスとピンセットの世界なのである。
 そしてこの脳外科医は言った、
「この患者はわたしの息子である。だからわたしには手術ができない」
 と。
 さて、これはいったいぜんたい、どうしたことなのであろうか?脳外科医と患者の関係は如何?というのがこのクイズである。
 このクイズに即答できないような人たちは、たとえ観光旅行とはいえ、オーストラリアに来てほしくない。


 さて、このクイズには、いろいろな答えが可能だと思うが、すぐに次のような解答が頭に浮かぶのではなかろうか。
(一)患者は脳外科医が前妻との間にもうけた子供である。
(二)患者は脳外科医の婚外子である。
 オーストラリアでの高い離婚率を考慮に入れれば、両方ともありそうな答えだ。しかしわたしは主張したい。第一勘として(一)、(二)の解答を思い付いた人たちも、できることならオーストラリアに来てほしくない。大腸菌だらけの茅ヶ崎の海で泳いでいて下さい。
 答えを書こう。そしてこの答えとは、わたしがこのクイズを提示された際に即答した正解でもあった。
 脳外科医とは、交通事故で手術室に運び込まれた少年の母親だったのである。
 なぁーんだぁ。
 そんな声が聞こえてくるような気がする。しかし、この正解を即答できなかったところが、あなたの偏見であり、また差別である。つまりジェンダー・バイアス。
 父親は事故で死んだのである。
 「患者はわたしの息子だ」
 という言葉を聞けば、当然にも母親を思い浮かべてしかるべきだった。ところが、「著名」な「脳外科医」で、しかも「権威」ときた。それは男である、という、まったく無根拠な想定に捉われてしまった。だから正解が思いつかない。これをセクシズムと呼ぶ。つまりあなたは狷介であり偏執であり頑迷であり固陋であり旧弊である屑、ゴミ、塵、芥のたぐいなのである。

無境界家族

無境界家族

 さて、あなたの答えはどうだっただろうか?ちなみに、自分が一瞬でたどりついた答えは、「脳外科医は同性愛者で息子は養子である」というものだった。母親だという可能性は思いつかなかったので、「あなたは」「屑、ゴミ、塵、芥のたぐいなのである」と言われると、確かにそうかもしれないと思う。それは否定しない。

 けれど、もしも、「脳外科医は同性愛者で息子は養子である」という正解を、著者や出題者がまったく想定していなかったのだとすれば、かれらもまた、自覚のないセクシズムを抱えていると言えないだろうか。この問題の正解はひとつではない。むしろ、正解をひとつだと思い込み、他の可能性に想像力を及ばせようとしないことが、偏見であり、差別につながっているのだと思う。

 そんなわけで、他の正解を思いついた方は、ぜひご連絡ください。