プラカードと「国際社会」の距離

 id:zames_makiさんからお返事をいただいたので、お答えします。このブログは、コメント・トラックバック承認制にしているので、すぐには対応できないことが多いと思いますが、もちろんどちらも歓迎します。差異を前提とした上で、考えるための材料を共有させてください、ということで。

集団催眠としての癒し

イスラエルの選挙も終わり米の特使が発言することでオバマの偽装中立姿勢の化けの皮がはがれるのもあと1〜2週間でしょう。それまでに明確にしておきましょう。
全体として貴殿と認識に大きな差はないでしょう。だが実はそれは一般的ではないと思いますが如何でしょう?

 オバマは、イスラエルの選挙結果について、「世界に民主主義の模範を示した」と祝福したそうです。イスラエルの選挙は、全国一選挙区の完全比例代表制なので、その点だけは羨ましいような気がしますが、気のせいかもしれません。イスラエルの総人口におけるパレスチナ人の割合(2割)と、クネセトに占めるアラブ系政党の議席数(11議席/120議席=9%)の落差について分析した記事などを読む限り。

 パレスチナ情報センター:「アラブ系政党、消滅の危機」
 http://palestine-heiwa.org/news/200603240327.htm

 ただし、対イスラエル政策に関わらず、オバマの「化けの皮」は、集団催眠のようなものなので、皮を見ていたい人には、いつまでも皮が見え続けるところが厄介だと思います。米国の「無限の正義」ならぬ「無限の皮」ですね。

 「貧乏な家庭の子でも頑張りさえすれば最善最高の学府に学べる気前の良い寛大なアメリカ、すべての人間は平等であり、生命、自由、幸福の追求、・・・、が奪うことのできない権利として神によって与えられているアメリカ、進歩、保守の分裂も、白、黒、黄、赤の肌色の区別もなく、あるのはただ一つのアメリカ、・・・。バラク・オバマが紡ぐこの長々しい作り話を喜んで信じようとするアメリカ人たちが自己催眠術にかかっているのでないとすれば、アメリカ合衆国は狂人の集団です」

 私の闇の奥:「オバマ現象/アメリカの悲劇(2)」
 http://huzi.blog.ocn.ne.jp/darkness/2008/03/post_488d.html

 少し話がずれるかもしれませんが、10年ほど前に出版された乙武洋匡さんの『五体不満足』がベストセラーになったのも、『週刊金曜日』を始めとするリベラル・左派(といわれている)メディアが佐藤優をリスペクトしているのも、似たような症例の集団催眠によるものではないでしょうか。『五体不満足』は健常者が抱えている―あるいは抑圧している―後ろめたさを爽やかに洗い流してくれました。佐藤優を持ち上げる「リベラル・左派」は、排外主義者に承認してもらうことで、ちゃっかり癒されようとしています。

 ちなみに、私は佐藤優に「ユビキタスマサル」というコードネームをつけていますが、それはどうでもよくて、佐藤優現象を論じた金光翔さんの文章は必見です。かなり長い論文ですが、読む価値はありすぎ。

 「私は、これを、「対抗的世論の公共圏」とやらが形成されるプロセスではなく、改憲後の国家体制に適合的な形に(すなわち、改憲後も生き長らえるように)、リベラル・左派が再編成されていくプロセスであると考える。比喩的に言えば、「戦後民主主義」体制下の護憲派が、イスラエルのリベラルのようなものに変質していくプロセスと言い替えてもよい」

 金光翔:「<佐藤優現象>批判」
 http://gskim.blog102.fc2.com/blog-entry-1.html

パレスチナ人は抵抗するから殺されるのか?

パレスチナ問題は今後どのように推移するのか、イスラエルの目指すゴールは何か
パレスチナ版のホロコーストも起こりうる(media debugger氏)
私はわざと厳しく書いたのですがパレスチナ人の虐殺がイスラエルのゴールだという認識はイスラエル人にもアメリカにも又長年中東問題に関わってきた人にもないのでは?
イスラエルは自国の安全、即ちロケット弾やテロが起きないことを要求している。もちろん難民帰還は否定、エルサレムは自国領土とした上でしょう。ここでガザへの締め付け(封鎖・暗殺・報復攻撃・そして今回のような大量虐殺)によるパレスチナ人の死は結果であって目標ではないとしていると思う。しかしパレスチナ人の抵抗を考えれば実際にはそれがゴールに成らざるを得ないと思います。そしてヨルダン川西岸でも同じ様になるのでしょう。

 前回のエントリーでは、もしかして私の方に消化不良があったかもしれませんね。この点はほとんど同感です。イスラエルの行動原理がシオニズムにもとづいている以上、パレスチナ人に対する虐殺も、そこから派生するひとつの帰結であると思います。けれど、それは、パレスチナ人の抵抗があろうがなかろうが、変わりないことです。

 イスラエルの国防副大臣、マタン・ビルナイは、「カッサムロケット弾がさらに撃ち込まれ、遠くまで着弾するようになれば、パレスチナ人はわが身のうえに大規模なショアー(ホロコースト)を引きよせることになるだろう。というのは、我々は防衛のために全力を使うからだ」と語っていますが、これは半分しか正しくありません。イスラエルパレスチナ人が無抵抗であってもジェノサイドを続けてきたからです。1948年以来ずっと。

 これは、野宿者を公共の場所から排除したがる人たちが、「やつらは死ぬべきだ」とはあまり言いたがらないとしても、実質的には野宿者の生存権を否定しているのと同じだと思います。野宿者は排除してよいというのが結論なのですから、野宿者がそれに対して異議申し立てをするかしないかは、かれらにとって重要な争点ではないでしょう。

 ハアレツ紙が今回の選挙結果を分析していますが、ここから読み取れるのは、ほぼすべてのユダヤ人がシオニズム政党に投票しているという事実です。アラブ系政党は、ハダッシュとラアムが4議席を、バラッドが3議席を確保して、前回よりも2議席増えましたが、ユダヤ人からの得票率はほぼゼロだと思って間違いなさそうです。

 とりわけ、入植地ではリクード*1(45%)とイスラエル我が家*2(31%)が圧倒的な支持を集めていますし、ガザ近郊の都市スデロットでは、アラブ系政党の非合法化をしつこく進めようとする国家統一党(39%)やユダヤの家(36%)が大人気です。

 HAARETZ: "HOW THEY VOTED: See Israel election results by city/sector"
 http://www.haaretz.com/hasen/spages/1061917.html

 参考まで今回の選挙結果です。

プラカードと「国際社会」の距離

(1)だからこのプロセスは常にイスラエルの「我々は自国の安全を保とうとしているだけだ」という言い方の下で実際にはゆっくりした/あるいは急な「虐殺」が行われるという様に認識するべきだと思います。このような私の認識に対し、メディア又各国首脳は、
Aゴールは2国家案による和平であり、その目処は1967年の分割案だ、それを守れば平和になる。それに前向きでないパレスチナが悪い(という和平合意前のパレスチナへの分割案の押し付け)
Bイスラエルの締め付けは一時的な対抗措置であり中止は求めない。それでパレスチナ人が死んでも仕方がない(という虐殺の正当化)
ではないのか?

 2005年にブッシュ政権シャロンに対して、

  1. ほとんどすべてに近い西岸地区入植地の永久存続
  2. イスラエル建国にともなうパレスチナ難民の帰還権の放棄
  3. 西岸に建てている隔離壁の建設
  4. 暗殺攻撃を含めた、パレスチナ抵抗勢力への攻撃

を認めているので、状況はいっそうひどいと思います。

(2)もう1点付随して確認すべきなのは、パレスチナはもはや自分の力では和平も抵抗もできない事でしょう。今実際にパレスチナが行っているのは自力での抵抗ではなく、国際社会への解決促進への要請であり、それによってイスラエルの軟化とパレスチナへの妥協がおきる事への期待ではないのか?
ハマスがロケット弾を撃つのはそれでイスラエルを追い出すのが目的ではなく、「今も問題が存在する、この分割線はけして承認されたものではない」と発信することではないのか?

しかし実際にはパレスチナはアピールが非常に下手だ。そして上記のような私の認識に対し、今の国際社会の態度はむしろ逆で、パレスチナに勝手に自力で交渉を行うことを求めているように見える。むしろ国際社会の側がハマスへの制裁などで、パレスチナイスラエルに従うよう圧力をかけている。従って現在のパレスチナの本当の「敵」はイスラエルというより国際社会であり、即ち私たちなのではないか?私たちは沈黙することでイスラエルを積極的に支持しパレスチナ人に抵抗するなら殺すぞと言っているという事ではないのか?

この2点はメディア/識者/各国政府首脳でまったく共有されていないと思うが如何でしょう?

 「現在のパレスチナの本当の「敵」はイスラエルというより国際社会であり、即ち私たちなのではないか?」という点についてだけ述べます。Arisanさんが指摘しているように、私たち自身の内にイスラエル的なものが棲んでいることを直視し、そうした意味で「敵は自分自身である」というなら、心から賛成します。

 Arisanのノート:「われらが心の内なるイスラエル
 http://d.hatena.ne.jp/Arisan/20090129/p1

 けれども、国際社会が(結果的に)イスラエルの政策を支持・黙認していることをもって、「本当の「敵」はイスラエルというより」「私たちなのではないか」というなら、それには同意できません。イスラエル以上にパレスチナの人々の死に責任を負うべき主体があるとは思えません。

 下の地図は、イスラエルのガザ侵攻に抗議する大規模なデモが行なわれた場所を示しています。イスラエルに対して強い抗議の意志を表す人々は世界中にいます。世界中の人々が街頭に掲げるプラカードと、イスラエルの政策を支持・黙認しようとする自国政府、そして「国際社会」との距離こそが、パレスチナ人の虐殺を可能にするものの正体(のひとつ)なのではないでしょうか。

 OurPlanet-TVのサイトからは、各地のデモの映像や写真を見ることができます。とてもお勧め。


 OurPlanet-TV: 「2009年は怒りと嘆きではじまった」
 http://www.ourplanet-tv.org/video/contact/2009/20090121_17.html

*1:武力行使をためらわず恐怖と圧力を与え続けることでこそ、パレスチナの地(=エレツ・イスラエル)全土に、ユダヤ人国家が建設される」とするテロ組織イルグンの後身。http://palestine-heiwa.org/note2/200705260740.htm

*2:イスラエル国籍のパレスチナ人市民の「トランスファー(追放)」を公約とする。http://palestine-heiwa.org/news/200603310208.htm