ガザで起こっているのは「戦争」じゃない(2)

 昨日、ガザの国連パレスチナ難民救済事業機関UNRWA)が運営する大学に避難していた人々が、イスラエル軍の攻撃を受けて殺された。報道によれば死者は少なくとも45人にのぼるという。イスラエル軍は、ガザの住民に「避難」を呼びかけ、かれらの避難先を把握した上で、そこを戦車で砲撃した。
 イスラエル軍のメッセージは、あまりにも明白だ。まず、パレスチナの人々に対しては、逃げ場などどこにもない(それが占領というものだ)ということ、そして、世界の人々に対しては、聞く耳などどこにもない(それがイスラエルというものだ)ということを、パレスチナ人の血で綴って読み上げてみせたのである。

 では昨日の続きから。

ガザ侵攻 国際社会は停戦に動け(2009.01.06 朝日新聞 社説)

 今回の対立激化の根底にあるのは、パレスチナ勢力の分裂だ。長く自治政府を担ってきた主流派ファタハは腐敗などから住民の支持を失い、06年の選挙でハマスに敗れた。だが、ハマスイスラエルに対する武闘路線を捨てず、中東和平は頓挫してしまった。

 致命的なセキュリティホール発見。パレスチナ勢力の分裂」を生み出したイスラエル占領政策にはまったく触れずに、「対立激化の根底にあるのは、パレスチナ勢力の分裂」って、言いがかりじゃなければ、ほとんど迷信と変わんないよ。ていうか、この程度の認識レベルで社説が書けるなら、関数と引数と戻り値の区別がつかなくてもゲームソフトくらい作れるよ、ってくらいひどいバグだよ。

 たとえば、あなたが会社でサービス残業させられまくって、給料を時給に換算したら500円にもなってなくて、ショックと過労で入院したとする。会社はあなたをクビにして、あなたは会社を訴える。で、朝日新聞いわく「今回の対立激化の根底にあるのは、労働者の自己管理能力のなさだ」。あるいは、クラスでいじめられてる女の子がいるとする。で、朝日新聞いわく「今回のいじめ激化の根底にあるのは、いじめを受けている少女の性格の暗さだ」とか。いじめられる前は明るかったんだよ!みたいな。

 それから、このパレスチナ「勢力」って言葉も、ものすごく引っかかる。イラクには、イラク武装勢力スンニ派武装勢力シーア派武装勢力クルド人武装勢力イスラム過激派勢力を始め、各種の「勢力」がひしめき合っているけれど、米国がイラクを侵略する前には、こうした「勢力」のほとんどは存在しなかった*1。同じように、イスラエルの占領がなければ、かれらがパレスチナ勢力と呼ぶファタハハマスが生まれることもなかっただろう。

 要するに、この「勢力」という言葉は、「暴力の連鎖」という虚構を作り上げるための専門用語―ただし一般用語に実装されている―のようなものだと思う。「戦闘員」「テロリスト」といった言葉は、この延長線上にある。

 「ハマスイスラエルに対する武闘路線を捨てず、中東和平は頓挫してしまった」という説明も大穴だ。2006年にハマスが選挙で勝利した途端、それまで代理徴収していたパレスチナの関税の引き渡しと自治政府の資産を凍結し、ハマス系の議員や政治家、市長を大量に拘束・殺害し始めたのは、イスラエル政府だった。

 「いじめを受けていた少女はクラスメートに対する敵意を捨てず、和解は頓挫してしまった」って、お前こそ、どんだけいじめに加担してるんだよ。こういう見方が支配メディアで垂れ流されている限り、中東和平が頓挫するのは当たり前である。

 ハマスファタハは一時は連立政権を築くなど連携を模索したが、結局、07年夏にハマスがガザからファタハを追い出し、ヨルダン川西岸を支配するファタハとの間で分裂状態になった。

 連立政権を崩壊させ、パレスチナに内戦を引き起こそうとしたのは、ハマスではなく米国政府だった。ブッシュ政権が飼っていた「パレスチナピノチェト」こと、ファタハムハンマド・ダハランについては、ナブルス通信に詳しい。「「クーデターを起こした」とアッバスから非難されたハマスは、ファタハと闘ったのではなく、ダハランとその「死の部隊」に対して闘ったのだと説明している。米英をはじめとする国際社会はそれをけっして認めようとはしないが」

 ナブルス通信: 「パレスチナピノチェト」が動き出した?
 http://www.onweb.to/palestine/siryo/pinochet-may07.html

 イスラエルはガザを封鎖して締め付けを強める一方、米欧や日本も含む国際社会もハマスを批判し、政治的にも経済的にもガザは孤立を深めていた。
 イスラエルハマスがようやく合意した半年停戦が先月中旬に終わると、ロケット弾攻撃が再開され、これがイスラエルに武力侵攻の口実を与える結果になった。2月のイスラエル総選挙を控え、政権側は軍事強硬路線に出ることで支持率取り付けを狙ったものとも見られている。

 ハマスのロケット弾攻撃うんぬんについては、次のサイトに「嘘トップ・ツー」として紹介されている。そもそも停戦を守ってこなかったのはイスラエルであり、停戦の間もイスラエル軍は市民に対する発砲や空襲を繰り返していた。ハマスがロケット弾攻撃を始めたのは、「11月4日にイスラエルがガザを空襲しパレスチナ人5人を殺して数人を負傷させた」後だった。

 益岡賢のページ: 「イスラエルのガザ攻撃をめぐる嘘トップ・ファイブ」
 http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/places/gaza090103.html

 ただ、今後に展望があるとはとても思えない。イスラエルハマスをたたいたあと、いずれアッバス議長率いるファタハにガザ統治を委ねるつもりなのだろうが、これだけ多くの犠牲者を出しては、ハマス支持の厚い住民たちの反発は避けられまい。パレスチナの混乱は深まるばかりだ。

 「これだけ多くの犠牲者を出しては、ハマス支持の厚い住民たちの反発は避けられまい」って、さらっと言えるところがすごいな。ハマス支持じゃなければ、どれだけ多くの犠牲者が出てもイスラエルには反発しないんですか。そうですか。これはもう「ハマスを支持しない朝日新聞様を爆撃するのはOK」だとイスラエル軍に宣伝しているようなものですね。さっそく攻撃目標に加えてもらいましょう。

 アラブやイスラム世界の民衆の怒りは、イスラエルを制止できない米欧や国連に向かう。米国などを標的にする国際テロ組織アルカイダへの支持が広がらないか心配だ。
 フランスのサルコジ大統領が停戦仲介のため中東入りした。今月から国連安保理非常任理事国になった日本も、ガザの流血を止めるためにもっと積極的に動くべきだ。

 「日本の高須幸雄国連大使は、イスラエルの攻撃継続に懸念を表明する一方、ハマスのロケット弾攻撃に対し遺憾の意を示した」(2009.01.07 毎日新聞)そうです。朝日の社説の論調も同じようなものですが、結局のところ、「懸念」やら「遺憾の意」やらというのは、不作為を取り繕うための政治的判断でしかないわけで、本当に必要なのはイスラエル占領政策をやめさせることだけです。

*1:もちろんフセイン政権にとっての反政府「勢力」は存在していた

ハマスが街に潜んでる?それがどうした?

 イスラエル軍による国連機関への攻撃と避難民の大量殺害を受けて、今日の朝刊では読売・朝日・毎日・産経・東京など各紙が、この問題を大きく取り上げている。毎日は社説で、朝日は一面と国際面で、産経・読売は国際面で、それぞれ突っ込みどころはあるにせよ、ガザの破局的な状況を伝えてくれている。

 ところが、ただ一紙、東京新聞は、「ハマス 街に潜む」というイスラエルプロパガンダ・バグ満載の記事をリリースしていたのであった。あの産経新聞「戦火の中さまよう人々 ガザ市街戦 4000人が難民化 停電、断水…『人道危機』の恐れ」という現地ルポを転載し、あの朝日新聞「ガザ『狂ったような状況』 子の犠牲160人超す 満員の病院、天仰ぐ父親」という現地情報を紹介しているときに、東京新聞が「ハマス 街に潜む」って、いったいどういうセンスだよ・・・。

ハマス 街に潜む (2009.01.07 東京新聞 7面)

 タイトルを読み込んだ瞬間にフリーズしそうな記事を読む前に、BBCの動画を紹介しておきます。

 Strike on Gaza school 'kills 30'
 http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/middle_east/7814192.stm

 【エルサレム=内田康】イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザへの地上侵攻は四日目を迎えたが、ガザ中心部で同軍とイスラム原理主義組織ハマス側の歩兵同士が撃ち合う市街戦はまだおきていない。パレスチナ民兵の多くは住宅密集地に隠れ、イスラエル兵を誘い込もうとしている。市街戦に持ち込み、戦闘を泥沼化させるのがハマスの狙いのようだ。

 まずはタイトルの「ハマス 街に潜む」について。えーと、ハマスは街にいますけど、それが何か?だって、ハマスパレスチナの人たちが民主的な選挙で選んだ政権だし、それ以前にひとりひとりの人間なんだから、かれらにも街の中に避難する権利がないとは言わせない*1。これが「創価学会員 街に潜む」だったら、翌日には関係者のクビが飛ぶよ?

 次に「ハマスの狙い」とやらについてだけれど、たとえハマスの狙いが何であっても、イスラエル軍が犯している戦争犯罪―民間人への攻撃―は正当化できない。まして、イスラエル軍によるガザへの全面攻撃が、「ハマスのロケット弾攻撃に対する『報復』という、イスラエルが主張する言い分とは異なり、6ヶ月も前から周到な準備のもとに計画されていた」とすれば、問われるべきはイスラエルの狙いの方だ。

 「ハマスが望む戦いはまだ始まっていない」。ハマス報道官は六日、本紙の電話取材にこう語った。イスラエルのバラク防相も五日の国会審議で「敵はまだ、われわれと向き合うことを望んでいない。都市部にわれわれを誘うつもりだ」と認めた。

 なんだかストーカーじみたバラク防相の台詞。「彼女はまだ、人前で俺様といちゃつくことを望んでいない。俺様をツンデレに誘うつもりだ」みたいな。大丈夫か?

 イスラエル軍の主力舞台はガザ市郊外にとどまる。市街戦でイスラエル兵や民間人の犠牲が増え、国内外の世論が硬化するのは避けたいからだ。攻撃は空と海からの爆撃と戦車の砲撃が中心だ。

 ガーディアン紙によると、7日時点でのイスラエル側の死者は10人、負傷者は62人だが、このうち少なくとも死者4人、負傷者24人については、味方の誤射によるという。一方、パレスチナ側の死者は660人以上、負傷者は2800人以上。犠牲者はすでに増えてます。あと「攻撃は空と海からの爆撃と戦車の砲撃が中心」って、要するに陸海空軍総出動ってことじゃん!

 Guardian: The Israeli attacks on Gaza
 http://www.guardian.co.uk/world/interactive/2009/jan/03/israelandthepalestinians

 ハマスの兵力は一万人以上とされる。イランなどの支援で密輸の武器を蓄えてきた。銃と精度の低いロケット弾が頼りだが歩兵同士の戦闘ならイスラエルに打撃を与えられる。
 米国からテロ組織に指定されているハマスだが、貧困層への福祉活動を通じて庶民には根強い支持がある。軍事侵攻で庶民のイスラエルへの憎悪は高まり、「ハマス兵が死んでも、民間人が新たに兵士になる」(ガザ住民)という声もある。
 ある軍事専門家も「ハマスは根絶やしにされないよう耐えれば、勝ちなのだ」と語る。
 イスラエルは自国の安全確保のため、ハマス掃討を狙うが大規模市街戦まで踏み込むのか。バラク防相は「この先、難しい局面が来る」と語った。

 なんなんだよ、この「苦渋の選択を迫られるイスラエル」みたいな腐った終わり方は。まるで、経団連の御手洗会長の新年挨拶*2のようである。「難しい局面」?そんなもの、電気や燃料はおろか水も食糧も、そして逃げ場さえない状態で、イスラエル軍の占領・攻撃によって、緩慢に―あるいは突然―殺されてしまうガザの人々から見れば、天国のようなものじゃないのか。

 東京新聞の購読者は、国際部の内田康さんをイスラエルプロパガンダから救う会を急遽立ち上げた方がいいよ。いやマジで。

*1:問題はどこに避難してもイスラエル軍に殺されかねないことだ

*2:「聳え立つ巨大な岩壁に挑む年を迎えた」とかなんとか