仕組まれた無知の連鎖――後退する中東報道(2)

 しばらく放置していたバグ取りを再開します。10日以上も前の記事なので、賞味期限切れ疑惑があるかもしれませんが、心配は無用です。もともといい感じに発酵してるんで。前回のデバッグこちらから。

ガザ攻撃―――黙認された罪なき人々の犠牲 米国が掲げる人道はどこへ (2009.01.27 毎日新聞 8面)

 http://mainichi.jp/select/world/news/20090127ddm007030030000c.html

 ブッシュ政権は01年の米同時多発テロを受けてアフガニスタン攻撃からイラク戦争へと突き進み、米政界の重鎮たちが中東和平への努力を求めても重く受け止めなかった。親イスラエルネオコン新保守主義派)との関係が深いブッシュ政権の特質ではあるが、米国政治の空気の反映ともいえよう。

 YouTubeに「オバマはブッシュ2.0」という動画がある。このバラエティ番組は、ブッシュとオバマがスピーチで言い淀む場面を交互に映し出すことで、うまい具合に観客の笑いを誘っている。観客がブッシュを笑うのは、ブッシュが愚かだからであり、観客がオバマを笑うのは、オバマが賢い(にもかかわらず、あたかもブッシュのように愚かに見える)からである。米国民は、バラエティを通じてさえ、新たな指導者への支持を日々表明しているわけで、この番組も現在の「米国政治の空気」を反映しているのだろう。
 

 けれども、「オバマはブッシュの進化版」という言葉の真意は、ブッシュもどきのたどたどしいスピーチではなく、冷徹に計算されたオバマのスピーチの中にこそ見ることができる。「親イスラエルネオコン新保守主義派)との関係が深い」のは、なにもブッシュ政権お家芸というわけではない。

 「オバマ新大統領は就任式演説で何と言ったか?ハマスイスラエル、ガザ、アフガニスタン、・・・、何の固有名詞も使わずに、彼は次のように語りました」

 「恐怖を呼び起こし、罪なき人々を虐殺することによって、その目的を達成しようとする者どもよ、我々はお前たちに今こう言ってやる、“我々の士気はますます軒昂であり、それを打ち壊すことは不可能だ。お前たちが我々より長続きすることはあり得ず、そして、我々はきっとお前たちを打ち負かすであろう ”と」

 「これを聞いたガザのパレスチナ人たちは、一瞬、オバマが自分たちの今の気持を語ってくれているかのような錯覚におそわれ、しかし次の瞬間、“お前たち”にはハマスの闘士たちも含まれていることに気が付いて、アメリカに対する憤りを、あらためて、燃え立たせたことでしょう。「恐怖を呼び起こし、罪なき人々を虐殺することによって」パレスチナ人の精神的な背骨を打ち砕こうとしているのは、ハマス側ではなく、イスラエルシオニストたちと、膨大な資金と武器でシオニストたちを後押しするアメリカの側なのですから」

 私の闇の奥:「オバマ大統領就任演説」
 http://huzi.blog.ocn.ne.jp/darkness/2009/01/post_fa1c.html

 例えば、オバマ政権で国務長官になったヒラリー・クリントン氏は大統領夫人だった98年、パレスチナ国家の独立を支持する発言をしてユダヤ系組織の猛反発を買った。そのクリントン氏は上院議員選と大統領選予備選を経験し、いまやメディアで「イスラエル寄り」の国務長官と形容される存在だ。

 かつて米国にまともな国民皆保険制度を導入しようとしていたヒラリーは、医療保険・製薬業界から最も多額の献金を受け取る議員へと、華麗な変貌を遂げた。ヒラリーを見ていると、彼女は、ロビイストの望む政策にあえて反対してみせることで、誰よりも多くの献金をむしり取ろうとしているんじゃないのか?と思えてくる。

 米国最強のロビー団体ともいわれる「アメリカ・イスラエル広報委員会(AIPAC)」のホームページには、オバマ氏やクリントン長官のAIPACなどへの連帯の言葉が載る。米民主党歴代大統領候補者の政治資金の6割がユダヤ人社会からの献金で占められてきたとの調査結果もあるそうだ。
 AIPACの元職員は紙ナプキンを見せながら語ったという。この紙の上に米上院議員70人(上院の定数は100人)の署名を24時間以内に集められると。この有名なエピソードは、あながち誇張ではなかろう。イスラエルの軍事行動に対し、米議会では圧倒的多数で支持決議が可決されるのが常だ。オバマ政権下で中東政策が大きく変わるとは考えにくい理由もこの辺にある。

 イスラエルに対する米国の貢ぎっぷりは、とにかく半端なものじゃない。イスラエルハマスの「武器密輸トンネル」を住民ごと吹き飛ばそうとしていたときにも、米国はイスラエルに向けて公然と軍需品のコンテナを送り続けていた。一方、イスラエルの経済封鎖によって水の供給さえ断たれていたガザの人々は、生活必需品を手に入れるためにも、「密輸トンネル」に頼らざるをえなかった

 「第二次大戦の終結以降、イスラエルは(二〇〇三年のドル換算で)一四〇〇億ドル相当の財政援助をアメリカから受けている。これは平均して年三〇億ドルであり、アメリカの対外援助の年総額の約二〇%にあたる。言いかえれば、アメリカは、イスラエル人に対して、つまりほぼスペインと同じ水準の一人あたり国民所得をもつ国の国民に対して、一人あたり年約五〇〇ドルも渡していることになる」

アメリカは、キリスト教原理主義・新保守主義に、いかに乗っ取られたのか?

アメリカは、キリスト教原理主義・新保守主義に、いかに乗っ取られたのか?

 もっとも、個人的には、キリスト教原理主義新保守主義に「乗っ取られ」る前のアメリカを懐かしむような、スーザン・ジョージのヨーロッパ的ナイーブさ*1には同意できないのだけど。

 2006年11月17日の読売新聞によると、イランはこれまでにハマスに対して1億2000万ドルの支援をしたそうである。これは、米国がイスラエルに対して行ってきた支援の0.086%にあたる。

 つまり、ハマスに対するイランの支援を日本の面積に喩えると、イスラエルに対する米国の支援は、地球の表面積の86%に相当することになる。ちなみに、ハマスに対するイランの支援を日本の人口に喩えると、イスラエルに対する米国の支援は、世界の全人口の21.5倍にあたる。アフマディーネジャード大統領には申し訳ないけど、イランの支援を根拠に煽られている「ハマスの脅威」とやらは、詐欺まがいの不当表示だとしか思えないよ。

 もちろんロビー活動は正当な行為である。自分たちの利益を代弁する候補を選挙資金などで支援するのも有権者の権利だ。

 政治献金有権者の正当な権利であるという主張は、究極的には、貧乏人は死ねと言い放つことと変わらないと思う。もちろん、国内外で熱烈なロビー活動を行なっているのは、米国とイスラエルだけではない。1999年に原則自由化され、労働者の使い捨てを企業に奨励することになった労働者派遣法は、1995年に日経連がまとめた「新時代の『日本的経営』」という提言を受けたものだし、海外に展開する日本企業が現地の政府・軍と手を結んで組合潰しをしていることは、日本以外ではよく知られている。*2

 「アメリカではロビー活動がごく普通の活動であり、権利の章典に保障された「自由な言論」の表現だとみなされている・・・ロビー団体上位一〇社に含まれている米国医師会と米国病院協会はどちらも、疑いもなく非常に熱心にロビー活動を行なっているので、普通のアメリカ人はけっして、政府負担による、より安い、あるいは無料の――まさか!――国民医療制度を享受することはないだろう・・・同じく、巨額のロビー資金を費やしている団体の上位リストに載っているのは、多国籍企業の業界団体、および、軍産複合体の二つの老舗企業である」*3

 米国の個人破産の半数は、バカ高い医療費のために破産した人々であり、その大半は医療保険の加入者であるという。かれらが「自分たちの利益を代弁する候補を選挙資金などで支援する」という「有権者の権利」を行使する日は、おそらく永遠に来ないだろう。

 オバマは、選挙資金戦略の神々しい成果をアピールするために、「選挙キャンペーンですでに約600億円以上も出費したあげくに、エイブラハム・リンカーンが使った聖書に手をおくという馬鹿げた政治プロパガンダのために40億円以上浪費」した

 暗いニュースリンク:「アメリカ:個人破産の半数は高額な医療費が原因」
 http://hiddennews.cocolog-nifty.com/gloomynews/2005/02/post_3.html

 暗いニュースリンク:「欺瞞の宣誓:「変革」か、あるいは「終わりの始まり」か」
 http://hiddennews.cocolog-nifty.com/gloomynews/2009/01/post-13bf.html

私はイスラエルの研究所に籍を置いてホロコーストユダヤ人大虐殺)の生存者を訪ね歩いたことがある。胸がつぶれるような彼らの体験談は、米国におけるロビー活動にも色濃く反映しているだろう。

 ホロコーストの生存者の「胸がつぶれるような」体験談が、イスラエル占領政策を支える「米国におけるロビー活動にも色濃く反映している」という主張が多少なりとも説得力を持つためには、

  1. ナチス・ドイツは実はパレスチナ人だった
  2. パレスチナ人は実はスキンヘッドのネオナチ集団である
  3. イスラエルの建国指導者はホロコーストユダヤ人を救うために努力した

のどれかを満たさなければいけないと思う。1と2はたぶん違う気がするので、3について見てみよう。

 「シオニズム運動の成功点は、ホロコーストによるユダヤ人犠牲者を補償する唯一の方法はイスラエル国家の建設だ、と主張したことでした。別のそうではないユダヤ人組織は、実際にありました・・・アメリカにあったユダヤ社会主義組織「ブント」ですが、彼らは、「いや、自分たちこそがホロコーストの犠牲者らをはるかによく代弁している。ホロコーストの集団的被害者性を代表し、たとえば賠償金などもすべての被害者に分配するつもりだ」、と言いました・・・ところが、シオニズム運動はブントを暴力的に打ちのめし、ついには壊滅させることに成功しました」

イラン・パペ、パレスチナを語る─「民族浄化」から「橋渡しのナラティヴ」へ

イラン・パペ、パレスチナを語る─「民族浄化」から「橋渡しのナラティヴ」へ

 イスラエルは、今日にいたるまで、ホロコーストの生存者に対して補償をしていない。イスラエルホロコーストユダヤ人犠牲者を特権的に代弁することは、死者への耐え難い冒涜である、と告発するユダヤ人も少なくない。

 「祖母の死を、ガザにいるパレスチナの祖母たちを虐殺するイスラエル兵士の隠れ蓑にしないでください。現在のイスラエル政府は、パレスチナの人々に対する殺戮行為を正当化するために、ホロコーストにおけるユダヤ人虐殺に対し異教徒たちが抱き続けている罪の意識を冷酷かつ冷笑的に悪用しています。それは、ユダヤ人の命は貴重であるが、パレスチナ人の命は価値がないとする視点を暗黙に示唆しています」

 TUP速報:「ガザにいるパレスチナの祖母たちを虐殺するイスラエル兵士たちよ、ナチスに殺された我が祖母の死を隠れ蓑にするな」
 http://groups.yahoo.co.jp/group/TUP-Bulletin/message/845

 そういえば、相撲界のモラルの代弁者気取りで、力士をバッシングして食いつないでる漫画家もいるよね。あれはいったい何なんだ?次回へ続く。

*1:たとえば、ラテンアメリカからは、こうしたナイーブさは生まれにくいと思う。

*2:たとえば、遠野はるひ・金子文夫、『トヨタ・イン・フィリピン―グローバル時代の国際連帯』、社会評論社、2008年 とか。

*3:スーザン・ジョージ、『アメリカは、キリスト教原理主義新保守主義に、いかに乗っ取られたのか?』、作品社、2008年、pp.257-258