『情況』3月号とか佐藤優とか

 『情況』という雑誌の3月号で緊急にパレスチナ特集が組まれ、縁あって『占領ノート』の書評(のようなもの)を寄稿しました。本日発売されたようです。1500円もするので、まずは他の文章に目を通してから紹介・宣伝しようかと。以下は宣伝ではありません。

※2/24追記:自分の原稿を読み返してみたら、名前の横に振られているルビ(アルファベット)が間違っていることに気がついた。内容には関係ないけれど、なんとなくしょんぼりする。

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 普段あまり雑誌を読まないので、うっかりしていたのだけど、『情況』でも佐藤優が長期連載をしてたんだよね。さすがユビキタスマサルだな。タイトルは「連載 今こそ廣松渉を読み直す 共産主義へ」。で、編集後記がこれ。

 佐藤優さんの廣松渉連載が九回目にしてやっと「共産主義」に到達した。実に大変な営みです。まるで絶対知の世界に到達した感じですね。実にレベルの高い問題提起です。私もどこまで理解できているのか確信がないほどです。最近では廣松さんと佐藤さんが同一人物なのではないかと錯覚するぐらいです。佐藤さんは憑依していませんか。

 ・・・・・・・・・Uさん、ほんとにごめんなさい。でも言わせてもらいます。それは2000%ない(©橋下徹です。というか、マルクスエンゲルス廣松渉どころか、生まれてから本を一冊も読んだことがないとしても、佐藤優が間違ってることだけは確信できます。なぜなら佐藤優はこんな文章を書いているからです。

国家による法は、すべて支配の道具なのである。これにわれわれが対置するのは、国家権力を奪取して新たなる社会主義法をつくることではなく、われわれが現実に生活する場における掟を重視することだ。*1

  1. まず立憲主義をスルーしてる時点で終了
  2. 「われわれが現実に生活する場における掟」の排他性・抑圧性をスルーしている時点で完璧に再起不能

 「われわれが現実に生活する場における掟」っていうのは、日本固有の文化*2だったり、最近だと「空気」だったりするわけだよね?つまり、「サービス残業は当たり前」な会社の雰囲気だったり、「朝鮮人は朝鮮に帰れ」とかいう2ちゃんの大合唱だったり、ニート・バッシングの祭りだったりするわけだよね?そういう腐り切った同調圧力憲法の上に置くってことは、要するにファシズムであるし排外主義であるわけだよね?まあ、佐藤優ファシストレイシストだから、そのままなんだけど。

 そういうわけで、結論。ファシズムや排外主義がOKでないなら、佐藤優の主張は間違っています。佐藤優が正しいとするなら、それはあなたが(ry

*1:佐藤優、「連載 今こそ廣松渉を読み直す 共産主義へ」、『情況』2009年3月号、p.174

*2:詳細は不明