長距離ミサイル開発で北朝鮮が黒なら日本は真っ黒なんだけど

 北朝鮮に対する日本のダブルスタンダードについて、ボブ・サップをネタにして考えてみた。サップ、ごめん。

  1. 人工衛星の打ち上げ技術は、ミサイルの打ち上げ技術に転用することができる。
  2. したがって、北朝鮮が打ち上げる(た)のは、人工衛星でもミサイルでも、ミサイルである。
  3. 北朝鮮はミサイルを打ち上げた。許せない!
  1. 格闘技で身につけた攻撃力は、女性への暴力に使われる可能性がある。
  2. したがって、ボブ・サップが格闘技を身につけたのは、格闘技のためだとしてもDVのためだとしても、DVのためである。
  3. ボブ・サップは格闘技を身につけている。許せない!

 ・・・要するに、多くの日本人が無難に受け入れていると思われる日本政府の主張は、客観的に見ればとても残念なもの(反知性主義)なのである。ちなみに、韓国は来月に人工衛星を打ち上げる予定だという。

  1. 人工衛星を打ち上げる技術はミサイルに転用することができる。
  2. それはそれとして、来月韓国が打ち上げるのは、人工衛星なので人工衛星である。
  3. 韓国は人工衛星を打ち上げる。それが何か?

 つくづく思うのだけど、これが差別でなければ何なんだよ?カルトか?ていうか、今朝生まれて初めて、「ミサイル関連飛翔体」って言葉を聞いたんだけど、英語圏のメディアだとこれに該当する単語は明らかに"roket"だよね。これってどういうことですか?

 訳者あとがきβ版:「人工衛星光明星2号」の打ち上げと日本の朝鮮蔑視感情」
 http://d.hatena.ne.jp/mujige/20090405/1238921864

 ところで、あまりにも基本的なことなのだけど、「人工衛星であっても、打ち上げる発射推進体がミサイルと技術的に同じで、ミサイルへの軍事転用が可能」「弾頭に核弾頭を装着すれば、大陸弾道ミサイルになる」といった説明は、正確に言えば正しくない。

 大陸間弾道ミサイルは、大気圏内の「加速段階」、宇宙空間の「慣性飛行段階」を経て、再び大気圏内に入る「再突入段階」で標的を爆撃する。一方、人工衛星は、「加速段階」を経て、宇宙空間の軌道に乗った後は、そのまま軌道を回り続ける。簡単に言えば、人工衛星の打ち上げには必要ないが、大陸間弾道ミサイルの打ち上げには不可欠なのが、大気圏内への再突入を可能にする技術なのである。

「核ミサイル」の完成には核爆弾の小型・軽量化と、大気圏再突入時の高熱や衝撃から弾頭を守る「再突入体」の開発が不可欠で、初の核実験から約二年半しかたっていない北朝鮮の技術水準は未知数だ。

 中国新聞:「再実験」の可能性も 長射程化へ強固な意志
 http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp200904060077.html

 北朝鮮は、大気圏内への再突入実験を行ったことはない。一方、日本はどうだろう?

日本における再突入
 日本が実施および予定している大気圏再突入機として、以下の物がある。

  • りゅうせい (OREX) 1994年2月4日 打上・再突入(水没)
  • EXPRESS(日独共同) 1995年1月15日 打上(予定軌道に乗らず行方不明に。のちにガーナで発見。)
  • 極超音速飛行実験 (HYFLEX) 1996年2月21日 打上・再突入(水没)
  • 高速再突入実験機 (DASH) 2002年2月4日 打上(分離に失敗)
  • 次世代型無人宇宙実験システム (USERS/REM) 2002年9月10日 打上,2003年5月30日 再突入・回収成功
  • はやぶさ (MUSES-C) 2003年5月9日打上,2010年6月 小惑星試料カプセルを再突入予定

 Wikipedia「大気圏再突入」 

 もういいだろう。とりあえず結論を述べる。日本が北朝鮮人工衛星打ち上げを非難する合理的な理由はない。言い換えよう。長距離ミサイル開発について、北朝鮮が黒なら日本は真っ黒だ。「片山貴夫のブログ」から「朝鮮の人工衛星打ち上げに関する外務省要請行動報告」の一部を引用する。

Q これまでに国連安保理で、ある国の人工衛星打ち上げが問題になったことがあるか?
A 聞いたことはないですね。

Q 人工衛星打ち上げが問題にあった事実を承知していないということでいいですね。
A ちゃんと調べたことはないですけれども…。まあそうですね。

Q ということは、今回初めて問題にしようということですね。
A いや、北朝鮮については、1695決議でも1718決議でも禁止されているのであって…。

Q そこですが、宇宙の平和利用はすべての国に認められているのに、安保理がそれを禁止できる根拠は何ですか?
A すべての国に認められているのは宇宙の平和利用であって、人工衛星のうち上げが認められているわけではない。北朝鮮も中国やロシアが打ち上げた人工衛星を利用すればいいんです。

Q そりゃおかしい!宇宙の平和利用の中に人工衛星の打ち上げも含まれるでしょう。
A いや、北朝鮮は1695でも1718でも主文で弾道ミサイル開発に関するすべての活動が禁止されています。

Q でもミサイルと人工衛星は違う。
A 積んでいるものが人工衛星だろうが、運搬手段の開発が決議に反するんです。

Q そりゃ無茶な話だ。あなたがたの先輩の広島市立大学の浅井基文さんが、安保理決議にすべての国に認められた権利を制約する権利などないと言っている*1が。
A 毎日新聞の記事ですね。知っています。

Q ロシアも2日前に国際法上問題はないといいだしている。
A ロシアの誰が言ったのですか?その事実は聞いていない。

Q たしか6者協議の首席代表だと思いますが。
A 調べてみます。(これは、正しくは3月28にアメリカの自由アジア放送が、ソウルとワシントンの消息筋の話として、ロシアが朝鮮の人工衛星発射は安保理決議1718に違反しないとの法的検討結果をアメリカ政府に伝えたと報じた事実です。)

Q  日本政府が人工衛星の打ち上げと軍事転用を一体のものとしてとらえる見解をだせば、それは日本自身にも跳ね返ってきますよ。朝鮮は最近、日本のH2ロケットが大気圏内への再突入実験を行っていることは、ICBM開発の転用を考えていると非難している。日本の人工衛星開発さえも、国際的に問題になるかも知れませんよ。

 片山貴夫のブログ:「朝鮮人工衛星迎撃などに反対する4月1日要請行動の報告」
 http://katayamatakao.blog100.fc2.com/blog-entry-35.html

 繰り返すが、日本が北朝鮮人工衛星打ち上げを非難する合理的な理由はない。

あえて言おう、カスである、と。(2)

 昨日の続きです。

「「私はこう思う」各地で聞く」(2009.04.06 朝日新聞 31面)

 次ページでは、「児童ら避難■漁一時休止」という見出しで秋田と岩手からの声が、「困惑 在日「共生に打撃」」という見出しで在日朝鮮人の声が紹介されている。記事の右上には、前ページと同様、「緊張」という巨大な文字がレイアウトされている。

 北朝鮮が5日に発射したミサイルとみられる機体は、秋田、岩手両県の上空を越え、海に消えた。天を仰いでも目に見えない物体に生活はかき乱されたが、実際の被害はなかった。北朝鮮への怒りの一方で、脅威を利用するかのような空気に冷静な視線を向け、外交努力を政府に促す声もある。

 5日の午後には、街宣右翼など約20の団体が、朝鮮総連の中央本部前で、「抗議活動」をしている。「朝鮮総連によると、福岡県本部に3月下旬「ミサイル発射やめろ」と書かれた紙に包まれた石が投げ込まれ、朝鮮学校には脅迫めいた電話がかかっているという」。「実際の被害はなかった」というのは、「(日本人による朝鮮人への)実際の加害があった」と正しく言い換えるべきだろう。

 北朝鮮:ミサイル発射 列島緊迫、怒りと抗議/「通過」に住民ほっと(その1)
 http://mainichi.jp/hokkaido/seikei/news/20090406ddr041030007000c.html

 秋田と岩手からの声は、前ページのコメントとさほど変わらないので、ここでは飛ばす。最も問題なのは、在日朝鮮人インタビューイーが、口をそろえて北朝鮮への批判をせざるをえないような構造的暴力があること、そして、日本社会がそうした状況を構造的暴力のさらなる強化(在日朝鮮人に対するより一層の分断支配や改憲など)のために利用しようとしていることである。

 93、98年のミサイル発射後には、朝鮮学校の生徒が民族服を切られる事件が相次いだ。「発射を国家間交渉に利用する北朝鮮は良くない。しかし、今回もまた日本社会が同じように反応してしまうなら、それも残念。国家と個人は別なのに」

仲間から、北朝鮮にいる親族がいかに困窮しているかを聞く。北朝鮮はそんな中、巨額の費用をかけて発射に踏み切った。「みんな、そんな場合じゃないのに何でそんなことを、と思っている」

 民団は北朝鮮政府に抗議文を出した。このことは北朝鮮ではなく日本社会の異常さを物語っている。ちなみに、民団の公式サイトは、朝鮮語と日本語と英語のページがあるが、それぞれの読者層をかなり強烈に意識して作られている(ように思う。ざっと見た限り)。マジョリティの最大の特権のひとつは、他者を傷つけながら鈍感に生きていけることなのかもしれない。